車ヶ渕遺跡(山辺町)の発掘調査説明会を開催します(10月25日)

10月25日(日)に車ヶ渕遺跡の発掘調査説明会を行います。国道112号山形中山道路工事に伴う発掘調査です。多数の建物跡や土器などが確認され、古墳時代と平安時代の集落跡であることが明らかとなりました。

調査説明会案内(PDF)
調査説明会回覧(PDF)

日時:令和8年10月25日(日)午後14時00分~(雨天決行)
調査遺跡:車ヶ渕遺跡発掘調査現場
場所:山辺町字車ヶ渕地内【地図】

※雨天時は屋内での説明となります。

飯田館跡第2次(9月14日~18日)


10区の調査を引き続き行いました。表土の除去が終わったところから遺構検出を行っています。


検出された遺構です。整地層の上面から掘られています。遺構は半分だけ掘り下げ、土の堆積を記録したうえで完掘していきます。


表土中から遺物も出土します。重要な遺物や形がある程度残っているものは、写真や出土位置などを記録したうえで、取り上げています。

馬場町2番地遺跡(9月14日~18日)


調査区南側の遺構精査が始まりました。


調査区南側では、礎石の沈下防止や高低調整のために据えられた「根石」と推測される遺構が検出されました。


19日には調査説明会を開催し、41名の方にご来場いただきました。説明会では、当遺跡の中心をなす江戸時代の遺構や遺物に関する調査成果を報告しました。


現地説明会において、庄内藩上級家老屋敷跡から出土した多様な遺物に、参加者の皆さまが興味津々で見入っている様子がうかがえました。

車ヶ渕遺跡(9月14日~18日)


今週も掘下げを続けました。ここからは古墳時代のものと考えられる遺物が大量に出土しています。


調査区の壁面をきれいに整え、その断面から調査区内の土地がどのように堆積していったかを探ります.


調査区の空撮を実施しました。向かって左が8月までに調査した地区で、右が新たに掘削した地区です。

砂田遺跡・西原遺跡(9月7日~12日)


今週は雨の影響でなかなか思うように作業を進められませんでした。
西原遺跡北区拡張区・南区を中心に調査を進めていきます。
こちらは西原遺跡北区北端で先週から掘り進めていた井戸の木枠の記録・取り上げ作業をしています。
写真で記録した木に番号を付けて袋に入れていきます。
重なっている場合は撮影→取り上げを何度も繰り返してすべての木を記録していきます。


西原遺跡の調査と並行して砂田遺跡の調査範囲を拡張していきます。
水を含みぬかるんでいるため足を取られないように注意しながら表土除去していきます。
表土から土器が次々と見つかっています。


9月12日土曜日に遺跡発掘体験を行いました。前半では遺跡の概要や目的などを説明し、後半に砂田遺跡の遺構を掘っていただきました。遺構内からはたくさんの遺物が出土しました。ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

砂田遺跡・西原遺跡(8月31日~9月4日)


こちらは西原遺跡北区北東端で確認された長い溝跡です。ほかにも完形の土器を含んだ遺構や深さが1mを超える大きな穴も見つかっています。


西原遺跡北区北端で井戸枠が出てきました。北半分は調査区の外へ伸びており壁が崩れないように掘っていきます。水が湧き出てくるためポンプを稼働させつつ掘っていきます。

飯田館跡第2次(9月7日~11日)


雨の日が多い週となりました。合間を縫って作業を行います。先週に引き続き東端に位置する平場(10区)の調査を行いました。表土から、近世から近代までの遺物が出土しています。


10区の一部を掘り下げた断面になります。今までのトレンチ調査でも確認された旧表土と思われる黒色層が確認されました。旧表土の堆積年代は現在のところ、はっきりとしておりません。表土と旧表土の間には整地層と思われる固くしまった土層が確認されました。場所によって土層の堆積は変化するようですが、人の手によって地形の改変がなされていことは10区においてもいえそうです。

馬場町2番地遺跡(9月7日~11日)


雨の日は調査事務所のなかで、調査で出土し取り上げた遺物を洗浄しました。ブラシを使って、1点1点ていねいに土を落としていきます。


調査区の中央の東側から検出した炭化材や焼土が堆積した土坑の底から、L字状や長方形に加工された石材が発見されました。これらの石材は、いろりの縁に使うような部材の可能性があります。


調査区中央部の畑跡のうねとうねの間の堆積層を掘り下げました。


東西に延びる18条のうね跡が確認されました。いわゆる「屋敷畑」の遺構になりますが、どのような作物を栽培していたのでしょうか?

車ヶ渕遺跡(9月7日~11日)


今週は雨が多く、雨の合間を縫って作業を進めました。


掘削を進めると、帯状や円形に土色が変化する場所があり、溝や柱穴などの跡と考えられます。


土色変化の内側からは、いくつか遺物の出土がみられます。これは裏返って出土した食器のフタで、平安時代のものと考えられます。

Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research