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2006年07月11日

中川原C遺跡第4次(7月3日~7月7日)


全ての遺構を掘り終わりました。
最後に全体の写真を撮るために、全員できれいに仕上げをしています。


全景撮影の後、ラジコンヘリを用いて上空からの写真を撮りました。
調査区や遺跡全体の地形・環境も判るように、撮影方向を決めます。


雨模様の中、最後の記録作業と平行して、杭や釘の撤去・深い遺構の
埋め戻しを行っています。
7月7日金曜日をもって、現地調査を終了いたしました。

2006年07月06日

中川原C遺跡第4次(6月26日~6月30日)


28日水曜日、現地にて調査説明会を行いました。ウイークディにもかかわらず、地元の方々をはじめ70名以上の参加を頂きました。どうもありがとうございました。


学区の北辰小学校の6年生も、授業の一環として来てくれました。こんな身近に遺跡があった事を知り驚き、遺物を見たり復元された縄文土器に触れて、郷土の歴史をじかに感じたようです。

2006年06月28日

中川原C遺跡第4次(6月19日~6月23日)


縄文時代の土坑の壁際から、管状の土製品が3点並んで出土しました。一緒に石鏃も見つかっています。


直径約2㎝、中空部分は1㎝程です。それぞれ途中で折れているので、元はもっと長かった様です。左端の遺物の側面に、作った時の爪痕とみられる凹みが見えます。

2006年06月21日

中川原C遺跡調査説明会

中川原C遺跡の調査説明会を開催します。
ぜひご参加下さい。

日時 平成18年6月28日 午前11時~午前12時

場所 新庄市大字十日町字中川原 中川原C遺跡発掘調査地内 地図

成果
 本遺跡は泉田川の河岸段丘に立地する縄文時代から中世の遺跡で、土壙、溝跡、河川跡などが検出されています。今回の調査で、平成12年に調査した地点からの遺構や遺物の分布の広がりがわかりました。また縄文時代の漁撈を示唆する石錘や各種の石器・土器類が出土しました。中でも縄文人のアクセサリ-だったのか、水晶が出土し注目されます。

その他
 説明会当日は新庄市立北辰小学校の児童の遺跡学習会も兼ねて行なう予定です。

問い合わせ
現場携帯 080-1687-3377
埋蔵文化財センタ- 023-672-5301

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中川原C遺跡第4次(6月12日~6月16日)


南端の河川跡の遺構精査を始めました。層ごとに掘っています。
1層目の茶色い土を掘り、その下の黒い土と遺物を現しているところです。
縄文時代中期の土器・磨製石斧・石錘などが出土しています。


北端の河川跡や岸部からも石錘が出土しています。
石錘は出土割合が高く、この調査区からこれまで23点見つかりました。
川に近いこの辺りは、集落でなく漁労域だったのでしょう。

2006年06月15日

中川原C遺跡第4次(6月5日~6月9日)


今週は、調査区北側の遺構検出と、写真撮影をおこないました。
旧地形は、ここから先やや高くなっています。奥の黒色土は昔の河川跡のようです。

上の写真でブ゙ルーシートがかけてある部分です。ここは旧河川の自然堤防上で、
縄文時代の土坑や住居跡と思われる遺構が見つかりました。

2006年06月08日

中川原C遺跡第4次(5月29日~6月2日)


遺構検出作業中、溝跡のようです。画面手前左側に、中指ほどの太さの水晶が
出土しました。


紫水晶と思われます。透明度は低いですが、六角柱状で芯部がほのかに紫がかっています。縄文時代のパワーストーンでしょうか?

2006年06月01日

中川原C遺跡第4次(5月22日~5月26日)


遺構検出を行っています。これは溝跡です。他に柱穴や集石が見つかりました。しかし、遺構はあまり多くないようです。


検出された遺構の一部です。上は削られて、下のほうだけ残った状況です。


調査区の中央部分です。ほ場整備の際の重機キャタピラー跡と思われます。だいぶ削平されているようです。土が固く、削るのが大変です。

2006年05月25日

中川原C遺跡(5月15日~19日)


泉田川に近い南の方から表土を剥きました。水が湧いてきている黒土の部分は、
前回の調査で検出された埋れ谷の続きのようです。
縄文時代後期の土器や石器が見つかりました。


これは、縄文時代の石錘(せきすい)で、魚をとる網のおもりです。
しばりつけやすいように、石にくぼみが切ってあります。

2006年05月17日

中川原C遺跡第4次(5月11日~5月12日)


新庄市の中川原C遺跡の調査が始まりました。
この遺跡は平成11年と12年度にも調査を行い、縄文時代中期の大集落があったことが分かっています。現在は大規模な田んぼになっており、田植えの準備が進められていました。
遠くには、出羽富士とも呼ばれる鳥海山が見えます。


今年度は4次調査で、幅12mほどの農道部分を細長く調査します。
調査区をテープで囲み目印としました。手前では鍬入式の準備をしています。
この下には一体何が埋もれているのでしょうか?楽しみです。

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