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2006年11月29日

百刈田遺跡第4次(11月20日~11月24日)


今週から南陽市の百刈田遺跡で調査を開始しました。4次調査にあたる今回は、約700㎡のさくらんぼ畑(手前)が対象となります。


重機で表土を除去した後の面整理作業状況です。昨年までの調査内容から、今回の調査区はほぼ全域が河川跡になると予想されます。


面整理後の調査区全景です。黒い2本の筋が蛇行している様子がわかります。埋没前の最終段階の川幅を示すもので、出土土器から約1,000年前に埋まったと考えられます。

2006年11月28日

行司免遺跡第3次(11月20日~11月24日)


昨年、遺物が大量に出てきた溝跡(SD4)の残りの部分を掘っています。真っ白く見える層は火山灰です。


溝の中から木が重なりあうように出土しました。この中には木製品らしきものもありました。そばには円礫や赤い石(鉄石英)もあります。

興屋川原遺跡第3次(11月20日~11月24日)


今週も雨の中での調査が続きました。E区の柱穴の精査と記録作業の様子です。調査日程も大詰めを迎えています。


井戸になるのではと期待されていた大型土坑ですが、残念ながら井戸にはなりませんでした。

下叶水遺跡(11月20日~11月24日)


横川ダムの見学会に伴い、遺跡の見学を行いました。あいにくの雨で、屋内での遺物の展示となりましたが、約100名の方に来ていただきました。


調査も無事終了し、最後に調査事務所内の器材の撤収・清掃を行ないました。


11月22日(水)をもって、下叶水遺跡の発掘調査の全工程が無事終わりました。ご尽力いただいた作業員さん、関係機関の方々にお礼を申し上げます。 

南田遺跡(11月20日~11月24日)


調査区内の標高を記録しているところです。


断面図を作成している所です。標高を測る作業と併せて今週は各記録作業を行いました。

加藤屋敷遺跡(11月20日~11月24日)


E区の川跡を拡張して掘り下げました。調査が大詰めのため、雨の日でも作業を行いました。


D区とE区の全景写真です。今年度の加藤屋敷遺跡の現地調査は、24日(金)をもって無事終了しました。

矢馳A遺跡第3次(11月20日~11月24日)


11月19日に現地説明会を行いました。お集まりいただいた58名の方々には、矢馳A遺跡の概要と出土遺物の説明の後、現場内を歩いて遺構を見学して頂きました。


C区西側の包含層から、古墳時代の坏などが出土しています。


C区西側の河川跡(SG1048)から出土した、土製の紡錘車です。直径約4cm、高さ約2cmの円錐形です。

2006年11月27日

天童市立高擶小学校(11月21日)


昨夜からの雨が上がり、暖かい日になりました。
活動は体育館で行ないました。


大昔のくらしについてお話ししました。
元気に発表していました。


体育館にシートを敷いて、勾玉つくりを始めました。
さすが6年生上手にできました。

2006年11月22日

加藤屋敷遺跡(11月13日~11月17日)


E区の川跡の全景です。だいぶ蛇行しているようで、南西側(写真手前)も掘り下げていくことになりました。


川跡から出土した曲物です。


C区の真ん中付近で土器片の下を掘ったところ、合せ口甕棺が出土しました。

下叶水遺跡(11月13日~11月17日)


SG1の河跡堆積土の除去作業の様子です。遺物の包含層から、土器や石器を主にした遺物が出土しています。


柱が動かないように、川原石でしっかりと根固めした柱穴(SK96)です。石の詰め方などを把握するために、石組みを半分だけ外し、掘り下げていきます。


前の写真の柱穴の断面を確認しました。この柱穴は、拳ほどの大きさの石を上面に敷き詰め、下層に大きな石を詰め込んでいます。

矢馳A遺跡第3次(11月13日~11月17日)


河川跡(SG160)から出土した土師器の小甕です。


同じ河川跡(SG160)から出土した甕です。川の床面近くから、潰れて割れた状態で出土しました。

天王遺跡(11月13日~11月17日)


調査が終わったそばから調査区が埋められていきます。


調査に使った器材を積み込んで調査終了です。


テンノウさまをバックに記念写真です。今までご覧いただきありがとうございました。来年の2次調査をお楽しみに。

行司免遺跡第3次(11月13日~11月17日)


今月は雨の日が多く、晴れ間を縫って調査を行っています。


木材がまとまって出土しました。何らかの遺構である様で、この中には串のようなものも見られます。

興屋川原遺跡第3次(11月13日~11月17日)


大型建物SB1001は掘り方の断ち割りに入りました。9月までの調査結果と同じく、30cm弱の柱痕跡が確認されています。ただし、底面までは浅く、この地が大きく削平されたことが窺えます。


今週は、ほとんどが雨の中での調査となりました。記録作成にはテントが威力を発揮します。風がなければの話ですが・・・

南田遺跡(11月13日~11月17日)


川跡に残していたベルトを外しています。掘り下げて行くと遺物が出土しました。どうやら古墳時代の土師器の様です。


出土した遺物のアップです。土の圧力で潰されている土器がいくつか見られます。

2006年11月15日

寒河江市立三泉小学校(11月9日)


秋晴れの暖かい日に訪問しました。


図工室にて6年生16名が勾玉づくりを体験しました。


先生方も3名参加し、思い思いの勾玉づくりにチャレンジしました。さすが6年生1時間ほどで完成しました。


最後に全員で記念写真を撮りました。ハイポーズ!

山形県朝日少年自然の家(11月11日~11月12日)


「朝日わくわく広場6 朝少まるごと縄文村」に行ってきました。
石器で生きた魚をさばいている子供たち「ぴくぴくしてかわいそう!?」


アンギンに挑戦「結構はまるね、この織り方」との声。少年自然の家での行事に招かれる機会はほとんどあるませんが参加者は大変喜んでくれました。

2006年11月14日

矢馳A・南田・興屋川原遺跡発掘調査説明会

矢馳A・南田・興屋川原遺跡、3遺跡合同の説明会を開催します。
ぜひご参加ください。


日時 平成18年11月19日(日) 午後1時~4時

場所 鶴岡市矢馳字下矢馳 日本海沿岸自動車道関係遺跡合同発掘事務所 地図

成果
 矢馳遺跡は古墳時代から中世にかけての竪穴住居跡や掘立柱建物跡、井戸跡等が検出され、多くの土器や木製品などが出土しました。
 興屋川原遺跡では古代の規模の大きな竪穴住居跡が検出されました。
 南田遺跡では古墳時代と奈良時代の遺構が見つかり、奈良・平安時代の土器などが出土しました。奈良時代の前半までさかのぼると考えられる土器もあり、庄内地方で発見された奈良時代の土器では最も古い部類に入ります。

備考
 今回の調査説明会は、南田遺跡の現地事務所・駐車場が狭小なため、合同発掘事務所に集合して、全体及び矢馳遺跡の説明をした後、ワゴン車に乗り合わせて各遺跡を巡って説明を行います。


問い合わせ
現場携帯 090-5356-2977
埋蔵文化財センタ- 023-672-5301

中山城跡第2次(11月6日~11月10日)


調査を始めた頃は緑だった山々が、秋の色に変わっています。長かった調査も今週で終了です。ありがとうございました。


今週は現場の引き上げ作業中心です。発掘よりも大変な仕事です・・・。

下叶水遺跡(11月6日~11月10日)


調査区完掘の空中写真
今週は、ヘリコプターを使って上空からの遺跡の写真撮影を行いました。
上空からの写真では、調査区中央を斜めに走る川跡や、その両側に柱穴や土坑などの大小の穴が密集しているのが分かります。
県内では少ない縄文時代後・晩期の集落構成が分かる点で、重要な資料となります。



これは河跡(SG1)付近の集落域を真上から撮影したものです。河跡の右側では硬い礫の地盤にもかかわらず、遺構が多く存在します。一方で左側では河跡から離れていくにつれて、遺構が少なくなっていくことが見受けられます。

興屋川原遺跡第3次(11月6日~11月10日)


柱穴群は全体の掘り下げでアタリの有無を確認後、半截して底面まで下げ、断面図作成の撮影、ポイント測量を経て、完掘作業、平面図作成用の写真撮影と続きます。F区の柱穴は一部を残して完掘作業に入っています。


SB1001の新たに検出した掘り方の精査にはいりました。

行司免遺跡第3次(11月6日~11月10日)


調査区のいちばん西側から溝跡が検出されました。細い溝は南東を向いており、およそ2m間隔で掘られています。


炭が集中している場所から木製品が出てきました。

天王遺跡(11月6日~11月10日)


農道部分の遺構を掘り下げました。


農道部分の遺構が掘り上がりました。地元の方の話では熊野大社のある宮内地区に抜ける昔からの道ということでしたが、古い道の遺構は見つかりませんでした。

上大作裏遺跡(11月6日~11月10日)


調査区東端で拡張した範囲も掘り終えました。現況とは異なる旧来の地形が復元されました


調査が終わりに近づき、これまで使用した機材の片付けや洗浄を行いました。あとは撤収のトラックを待つばかりです。


最終日の朝も濃い霧に覆われました。この時期、米沢盆地では、晴れる日の朝にはよく霧がかかり、時には正午になってようやく晴れる日もあります。

加藤屋敷遺跡(11月6日~11月10日)


先週に引き続き、E区の川跡を掘り下げています。川の幅は4m~7mあります。


川跡からは、完全な形の土師器・須恵器が、さらに数点出土しました。中には、文字の書かれた土器も含まれています。


川跡から出土した、曲物(まげもの)の底の部分と思われる丸い板です。このような木製品もたくさん出土しています。

矢馳A遺跡第3次(11月6日~11月10日)


C区の河川跡SG160を精査しています。


SG160の遺物出土状況です。炭混じりの黒色土層から、坏や甕など、土師器が出土しています。


SG160から出土した高坏と甕です。

南田遺跡(11月6日~11月10日)


雨の日に遺物の洗浄を行いました。遺物を傷つけないよう気を付けて土を落としていきます。綺麗になった遺物を見て作業員さんもとても満足そうでした。


河川跡から遺物が出土し始めました。これからどんな遺物が出土してくるかとても楽しみです。

2006年11月13日

第4回「センター改革推進プロジェクトチーム」会議実施(11月2日)

センター改革プロジェクトチーム会議も4回を重ねました。今回はセンター改革の要項とも言うべき「改革プラン」が策定されたのを受け、「改革プラン」の実施にあたっての問題点を整理しました。実施にあたっては外部機関の専門家のご意見をお伺いすることも必要となり、新日本監査法人山形事務所長高橋一夫氏から財団運営に関する諸課題についてご指導を受けました。今回の会議で確認された内容はセンター運営の基本となる部分です。これからこの内容を視点に据えて実質的な運営の詳細を検討し、センター運営にかかわる様々な事業工程を見直して行きます。

天童市立荒谷小学校(11月4日)


今日は天童市立荒谷小学校で勾玉づくりを行ないました。児童より熱心!?な保護者の姿が見られました。


子どもには負けないわよ、とばかりに奮闘中の先生です。

2006年11月08日

天王遺跡(10月30日~11月2日)


調査区の中を通っていた農道の付け替え工事を行ないました。


これから農道が通っていた部分の調査を行ないます。多くの遺構が見つかりました。

矢馳A遺跡第3次(10月30日~11月2日)


C区の包含層から土師器が多数出土しています。写真は坩の体部です。


C区西端の包含層から、土師器の坏や甕などが完形に近い状態で出土しています。

加藤屋敷遺跡(10月30日~11月2日)


空撮のために、各調査区を丁寧に掃除しました。


11月1日に空撮を行いました。天気にも恵まれました。翌日、A~Cの各調査区の写真を撮影しました。

檜原遺跡第2次(10月30日~11月2日)


調査区全体や遺跡の周辺が分かるように、ラジコンヘリを用いて上空から写真を撮りました。


B区の全景です。B区からは焼土遺構や河川跡・竪穴状遺構・土壙などが検出されました。また、重機が動いている盛土の部分は7月まで調査していたA区です。11月2日(木)をもって半年間にわたる調査が終了しました。

南田遺跡(10月30日~11月2日)


調査区北側の遺構検出を行っています。土が非常に見づらく検出が難しい状態です。調査員、作業員共々全員で面整理をしています。


東西に流れる溝跡が検出されました。排水に使用されたのでしょうか?

中山城跡第2次(10月30日~11月2日)


最後に残った調査区の斉藤家跡の完掘写真です。写真中央が先週お伝えした建物跡のあった場所です。


今週で発掘調査が終了するので、半年間頑張ってくれた作業員さんと一枚撮りました。本当にお疲れ様でした。

上大作裏遺跡(10月30日~11月2日)


調査も終盤を向かえ、土層記録用に残したベルトの除去をし、土器がまとまって出土した区域は再度拡張をおこないました。


拡張した範囲での土器出土状況の一部です。破片が折り重なるように 密集しています。


掘りあげた遺構の形や深さを計測する遺構測量を、外部に委託して実施しました。

行司免遺跡第3次(10月30日~11月2日)


先週もお伝えした炭の集中する箇所を更に深く掘り下げると、おびただしい量の土器や焼けた礫がでてきました。


写真の左側に1箇所、右側に2箇所、炭の集中する範囲が見られます。遺物も大量に出土しています。白いラベルの立っているところが遺物の出た場所です。

興屋川原遺跡第3次(10月30日~11月2日)


2間×6間の大きな建物です。2間×4間のSB1002と軸線を同じくしており、計画的な配置が読み取れます。


この土坑からは平安時代の初め頃の須恵器と礎板が出土しました。

下叶水遺跡(10月30日~11月2日)


河跡(SG1)東側の遺構の完掘作業に入りました。ここは石組みの柱穴や土坑が密集しているので、慎重に作業を進めているところです。


土壌の分析のため土を採取している様子です。土の中に含まれる花粉などを調べます。これらは当時の自然環境などを知る手がかりとなります。


今週の水曜日に基督教独立学園の皆さんが遺跡の見学にみえました。出土した遺物の説明に熱心にメモを取ったり、見聞きした遺構や遺物について質問が飛び交いました。

2006年11月02日

興屋川原遺跡第3次(10月23日~10月27日)


E区で大形の土坑が検出されました。平安時代の土器を含んでいます。井戸になる可能性もあります。


E区拡張部分の表土除去後、ジョレンを使って掘り下げ遺構の検出作業を行いました。この作業と並行し、検出した遺構の分布図を作る作業も行いました。

檜原遺跡第2次(10月23日~10月27日)


25日(水)に調査説明会を行いました。天候が危ぶまれましたが、朝には雨も上がり、約50名の方が参加してくれました。

矢馳A遺跡第3次(10月23日~10月27日)


C区の包含層から、土師器の甕・高坏など多数の土器が出土しています。


C区の包含層から出土した2点の甕です。潰れて割れていますが、ほぼ完全な形に復元できそうです。

天王遺跡(10月23日~10月27日)


空撮準備のため調査区の掃除をしました。雨が降ったりやんだりの中での作業でした。


空撮の日には何とか雨が上がりました。


秋晴れの中、調査説明会を行ないました。25名の方に参加していただきました。

中山城跡第2次(10月23日~10月27日)


斎藤家跡調査区内で建物を組みました。作業員さんが立っている位置が柱があった場所です。


10月27日(金)に発掘調査説明会を行いました。平日にもかかわらず、約80人の方に来ていただきました。ありがとうございました。

南田遺跡(10月23日~10月27日)


溝跡から出土した遺物の取り上げをしている所です。遺物を傷付けないよう慎重に取り上げています。


調査区を拡張しました。どんな遺構や遺物が出てくるのかとても楽しみです。

行司免遺跡第3次(10月23日~10月27日)


先週紹介いたしました、炭の集中していた箇所を掘り下げたところです。中から土器片が出てきました。また炭を洗ったところ、炭化した米粒が出てきました。


10月28日に現地説明会を行いました。この日は天気にも恵まれ多くの方々が見学に来てくださいました。ありがとうございました。

上大作裏遺跡(10月23日~10月27日)


調査区南辺の掘り下げを継続しました。湧水があるので大変ですが、下層からは弥生土器が多く出土します。


上層部の遺物は破片が散在する程度でしたが、下層からは復元可能なものが出土しています。


週末28日の土曜日には、天王遺跡と合同で調査説明会を開催しました。天候にも恵まれ、多くの方が見学に来てくださいました。

下叶水遺跡(10月23日~10月27日)


10月29日(日)に現地説明会を開催しました。地元小国町や県内の方など約85名の参加があり、宮城県や新潟県の研究者も来ました。
今回の調査成果は、県内(東北地方含む)では稀少な集落構成の分かる遺跡が発見された事、多量の遺物内容から新潟県(北陸地方)などとの関わりが分かりそうな事があげられます。


今週は遺構の完掘作業を行いました。川沿いの集落の縁辺には、フラスコ状や袋状を呈した土坑、根固め石を持つ柱穴群がまとまって分布しています。

加藤屋敷遺跡(10月23日~10月27日)


E区の河川跡のトレンチです。以前墨書土器が出土した周囲を少し掘り下げたところ、たくさんの土師器片・須恵器片・木製品などが出土しました。さらに、遺物が増えることを期待しています。


10月27日(金)に調査説明会を行いました。朝方に雨が降り、足元の悪いなかにもかかわらず、参加していただいた皆様ありがとうございました。


説明会で展示した遺物の一部です。

山形市立第六中学校(10月27日)


今日は山形六中の文化祭行事に招かれました。


縄文人も身につけたまが玉を作ります。出来ばえはなかなかのもの、さすが六中生というところです。


縄文時代に思いをはせながら仕上げの磨きを行ないました。

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